ユニリーバが宣言「ビッグアイデア」終焉、マーケティングは「旅するアイデア」の時代へ
ユニリーバが「ビッグアイデア」から「トラベルアイデア」への転換を宣言。クリエイターをクリエイティブの最前線に据える新マーケティング戦略の全貌。
ユニリーバ(Unilever)が、マーケティングの根幹を揺るがす方針を打ち出した。The Drumの報道によれば、同社は従来型の広告代理店に対して「クリエイティブの最前線の座を譲る」よう正式に要求したという。この声明の背後には、「ビッグアイデア(Big Idea)」の時代が終わり、「トラベルアイデア(Travel Idea)」の時代が到来したという確信がある。
ユニリーバのこの決断は、単なる予算配分の変更ではない。マーケティングのプロセスそのものを、代理店主導の線形モデルから、クリエイターを起点とする循環型モデルへと根本的に組み替える試みだ。同社は「創造者(クリエイター)に席を譲れ。我々はもはやビッグアイデアを必要としない」と公言するに至っている。
クリエイター最前線への移行
従来のマーケティングモデルでは、ブランドと代理店が先に戦略を決定し、クリエイティブの方向性を固め、テレビコマーシャルやキービジュアルを制作した。メディアプランが策定された後、最後の段階になってようやく「どのクリエイターに依頼するか」という問いが立てられた。このモデルにおいて、クリエイターの役割は「拡声器」に過ぎなかった。すでに完成されたメッセージを、よりターゲットに響く言葉で拡散することが求められたのである。
ユニリーバはこの順序を逆転させる。クリエイターをクリエイティブの最前線、つまりアイデアの方向性を判断する立場に据えるというのが、同社の新たな戦略の中核だ。この方針は、2025年3月に就任した新CEOフェルナンデスの戦略と軌を一にする。フェルナンデスはソーシャルメディアとインフルエンサーマーケティングを経営戦略の中心に据え、同社と協業するクリエイター数を20倍に拡大すると提案した。ソーシャルメディア予算の割合も、約30%から50%に引き上げられる計画だ。
2025年末の時点で、ユニリーバと協業するクリエイターは既に約30万人に達した。この数字は、同社の戦略が単なる予算の移行に留まらず、組織的な変革を伴うものであることを示している。2025年の「ソーシャルファースト戦略」は、クリエイターの「トラフィックを購入する」段階から、クリエイターを「クリエイティブ制作に参加させる」段階へと深化した。
ビッグアイデアからトラベルアイデアへ
「ビッグアイデア」は、テレビ、屋外広告、大手代理店が支配した時代の産物だ。当時は、ブランドが一つの大きなコンセプトを打ち出し、代理店がそれを記憶に残るフレーズに磨き上げ、複数のメディアチャネルを通じて繰り返し浸透させるという手法が有効だった。大衆の注意が比較的集中し、メディアの入口が限られていたからである。ブランドは十分な露出を確保すれば、単一のコンセプトで広範なオーディエンスをカバーすることが可能だった。
しかし、今日のコミュニケーション環境は根本的に異なる。消費者の注意はTikTok、Instagram、YouTube、Reddit、ライブ配信、ECプラットフォーム、Xiaohongshu、ビリビリ、そして無数の小さなコミュニティに分散している。ブランドはもはや「統一された大衆市場」と向き合うのではなく、「無数の流動的なコンテンツシーン」と向き合わなければならない。
この変化が、「トラベルアイデア」の概念を生み出した。「トラベルアイデア」とは、一つのアイデアがプラットフォームの境界を越え、コミュニティの文化を貫き、言語や消費シーンを超えて伝播していくカルチャーミームを指す。重要なのは、そのアイデアが移動する過程で情報が歪むのではなく、新たな生命力を獲得することだ。
ユニリーバの幹部は、この変化を次のように表現する。「かつてマーケターは生涯をかけてカンヌライオンズ賞を獲得できるビッグアイデアを探していた。今、ブランドは『旅する』ことのできるアイデアを探さなければならない。」この発言は、賞レースを目的としたクリエイティブから、実際に消費者の生活に浸透し、二次創作され、使用されるクリエイティブへの価値観の転換を如実に示している。
UGCを源泉とする新クリエイティブ
ユニリーバの「Part of the Game」プロジェクトは、トラベルアイデアの本質を体現する事例だ。このプロジェクトは、女性アスリートが運動中に生理のシミに対する羞恥心に直面する問題を取り上げた。当初、代理店MullenLoweが提案したスローガンは「Wash Away The Taboo(タブーを洗い流せ)」だった。しかし、このキャンペーンをアーセナル・ウィメンズチームの4選手に共有したところ、彼女たちはこの方向性を真っ向から否定した。
選手たちは、その表現が自分たちの実際の経験や信念を正確に反映していないと指摘した。代理店の提案が却下され、最終的に採用されたのは、選手たち自身が発案した「Part of the Game」だった。このキャンペーンは、後に9件のカンヌライオンズ賞ノミネートを獲得し、MullenLoweには2025年の印刷・出版部門で銅獅子賞をもたらした。
この事例の核心は、クリエイターがクリエイティブの方向性を決定づけた点にある。彼女たちは、このテーマが実際の女性スポーツコミュニティでどのように表現されるべきか、どの言葉が上から目線に聞こえるか、どの言葉が不自然か、どの言葉が本当に自分たちの経験を表すかを熟知していた。トラベルアイデアの本質は、アイデアが「旅」をする前に、実際のコミュニティにおける文化的検証をを通じてしなければならない点にある。会議室でしか成立しないアイデアは、トラベルアイデアではなく、自己満足のビッグアイデアに過ぎない。
循環型マーケティングシステム
従来のブランドマーケティングのフローは線形的だった。クリエイティブ部門がアイデアを考案し、制作部門が映像を制作し、メディア部門が広告枠を購入し、EC部門が販売する。各部門はそれぞれ機能するものの、互いに分断されていた。プロセスが終了すれば、残るのはレビューレポートと数枚のビジュアル資料だけだった。
トラベルアイデア時代のフローは、より循環型に近い。ユーザーコンテンツからのシグナル、クリエイターからのフィードバック、コミュニティのインサイト、コンテンツの共創、プラットフォームでの配信、ビジネスへの転換、データの還流、そして次のブリーフィングへと続く。この循環の中で、代理店の役割も変化を迫られる。
**Vaseline(ヴァセリン)**の事例は、この新たなマーケティングシステムの典型だ。数百円のヴァセリンは、TikTok上でユーザーによって無数の「クレイジーな使い方」が発見された。靴のシミを落とす、手首に塗って香水の持続時間を延ばす、ポテトチップスを食べる前に指に塗って粉がつくのを防ぐなど、ブランドが想定していなかった使用方法が次々と生まれた。
従来のPR思考であれば、こうしたユーザー生成コンテンツ(UGC)は「ブランドの高級感に合わない」として無視されるか、あるいは抑圧の対象となっただろう。しかし、ユニリーバは異なる対応を取った。即座に社内の科学チームを動員し、それらの野生的な活用法の真偽を実験室で厳密にテストした。その結果を基に、同社は「Vaseline Verified(ヴァセリン公式認証)」キャンペーンを展開した。
第二段階では、ユニリーバは一部のオリジナルクリエイターの元に戻り、彼らに新製品の共創とプロモーションへの参加を依頼した。クリエイターには売上の分配も行われた。この一連の流れは、ユーザーコンテンツがクリエイティブの源泉となり、クリエイターが製品の意味を共同発見する存在へと進化したことを示している。ブランドはもはや製品を定義するだけの存在ではない。実際の使用シーンを検証し、選別し、増幅する存在にならなければならない。
代理店業界の変革
ユニリーバは代理店が不要だと言っているわけではない。必要とする代理店のあり方が変わったのだ。これからのブランドが求めるのは、より混沌とし、より速く、より分散したシステムで機能できる代理店だ。クリエイター、プラットフォーム、コミュニティ、データ、ビジネスを理解した上で、これらを統合的に扱える能力が求められる。
業界のM&Aは、この方向性を既に示している。Accenture SongはクリエイターエージェンシーのWhalarを買収し、PublicisはInfluentialとCaptiv8を買収した。WPPやHavasなども、クリエイターマーケティング能力の強化に積極的に動いている。大手代理店グループは、クリエイターがもはやメディアプランの小さな項目ではなく、新たなマーケティングインフラになりつつあることを認識している。
IABの「2025 Creator Economy Ad Spend & Strategy Report」によれば、米国のクリエイター向け広告予算は2025年に370億ドルに達し、前年比26%増と予測される。この成長率は、メディア業界全体の約4倍に相当する。同時に、約半数の広告主がクリエイターをマーケティング戦略の必須要素と見なしている。こうした市場環境の変化を踏まえると、美しいビッグアイデアを提案するだけの代理店の価値は、今後ますます説明が困難になると見られる。
ブランドが取るべき実践的戦略
トラベルアイデア時代において、ブランドが具体的に取るべき行動は三つに整理できる。
第一に、クリエイターを最前線に置くことだ。多くのブランドは、キャンペーンの全行程が決定し、高額なテレビCMが撮影され、キービジュアルが完成した後、最後の段階でクリエイターへの発注を検討する。このアプローチは、依然としてビッグアイデアのロジックに留まっている。トラベルアイデアにおいては、ブリーフィングの段階からクリエイターを参加させるべきだ。彼らに「この表現は広告っぽくないか」「この話題は実際の生活で成立するか」「この製品のシーンは自然に撮影できるか」といった質問を投げかける必要がある。
第二に、UGCをクリエイティブの源泉とすることだ。従来のマーケティングでは、UGCはキャンペーン成功後の「副産物」と見なされがちだった。トラベルアイデア時代には、UGCをより早い段階でクリエイティブのチェーンに組み込むべきだ。ユーザーが既にどのように製品を使用し、どのように誤解し、どのように改造し、どのように生活の細部に取り入れているか。これらの情報はすべて、次のクリエイティブの入り口になり得る。
第三に、マーケティングプロセスを循環型に再設計することだ。ユーザーコンテンツからの発見、クリエイターとの共創、プラットフォームからのフィードバックによる反復、そして製品とビジネス成果への還流。このサイクルを組織的に回す仕組みを構築することが、トラベルアイデア時代のブランドに求められる競争力の中核となる。
編集部の見解
短期的には、ユニリーバのこの方針は大手消費財メーカー全体に波及すると見られる。予算の50%をソーシャルメディアに振り向ける戦略は、従来型の代理店の収益構造に直接的な打撃を与えるだろう。特に、戦略策定からクリエイティブ制作までを一貫して請け負ってきたフルサービスエージェンシーの立場は急速に弱まる可能性がある。クリエイターエコノミーの成長率がメディア業界全体を大きく上回る中、代理店の買収・再編は今後さらに加速すると予想される。 長期的には、この変化は「ブランドとは何か」という根本的な問いを突きつける。ブランドのメッセージが、もはや企業の会議室で決定されるものではなく、コミュニティとの共創によって形成される時代が到来すれば、ブランドマネジメントの概念そのものが再定義される必要がある。製品の使用シーンを消費者自身が発見し、それをブランドが後追いで認証するVaselineの事例は、ブランドの主権が企業からコミュニティに移行しつつあることを示唆している。 編集部としては、トラベルアイデアの真価が問われるのは、むしろ「旅」の終着点ではないかと考える。
参考
- 「联合利华继续改革,营销从 Big Idea,进入 Travel Idea 时代」, by 寻空的营销启示录 — 钛媒体, 2026-07-25T11:36:01.000Z (ARR)
- 元記事URL: https://www.tmtpost.com/8079313.html
よくある質問
- ユニリーバが「ビッグアイデア」を放棄した理由は何か
- 消費者の注意が複数のソーシャルメディアプラットフォームに分散し、単一のメッセージで大衆をカバーする従来手法が効果を失ったため。ブランドはもはや統一された大衆市場と向き合うのではなく、無数の流動的なコンテンツシーンと向き合わなければならないからだ。
- 「トラベルアイデア」と「ビッグアイデア」の違いは何か
- ビッグアイデアは単一の大きなコンセプトをマスメディアで浸透させる手法。トラベルアイデアは、アイデアがプラットフォームやコミュニティを越境し、移動の過程で新たな生命力を獲得するカルチャーミームのこと。前者が「記憶されること」を目的とするのに対し、後者は「使用され、模倣され、二次創作されること」を目的とする。
- この変化は広告代理店にどのような影響を与えるか
- 従来のフルサービスエージェンシーの立場は弱まるが、代理店の役割そのものが不要になるわけではない。クリエイター、プラットフォーム、コミュニティ、データ、ビジネスを統合的に理解し、循環型マーケティングプロセスを設計・運用できる代理店の需要は高まると見られる。業界ではクリエイターエージェンシーの買収が既に進行している。
コメント