ADA、論説配布の科学者5人を学会から追放
アメリカ糖尿病協会(ADA)が年次大会で5人の科学者を追放した事件が波紋を広げている。理由は、トランプ政権の科学研究攻撃を批判する論説の抜き刷りを配布したこと。追放者には同協会の学会誌編集長も含まれ、表現の自由と学術団体の行動規範の狭間で議論が起きている。
アメリカ糖尿病協会(ADA)の年次学会で6月6日、突如として5人の著名な科学者が会場から追放される事件が発生した。Ars Technicaなどの報道によれば、彼らの「罪」は、同協会が発行する医学誌Diabetes Careに掲載された論説の抜き刷りを配布したことにある。論説の内容は、トランプ政権による科学研究への度重なる攻撃を鋭く批判するものだった。
追放されたのは、ワシントン大学教授でDiabetes Care編集長を務めるスティーブン・カーン、元ADA会長のデズモンド・シャッツ、ミネソタ大学のアーロン・ケリー、ノースウェスタン大学のジャスティン・ライダー、そして同じくワシントン大学のアール・ハーシュの5人。彼らは、米国立衛生研究所(NIH)の所長ジェイ・バッタチャリヤが講演する予定だった会場の外で、論説の抜き刷りを参加者に手渡していたという。バッタチャリヤは講演をキャンセルしたため、代わりに別のNIH職員が登壇した。
ケリーは医療メディアMedPage Todayに対し、「物理的につかまれ、会議センターから強制的に連れ出され、もうこの会議に参加できないと言われた。バッジも取り上げられた。アメリカで本当にここまで来てしまったのか。検閲は現実だ。アメリカは立ち上がらなければならない。科学者よ、医師よ、声を上げよ」と訴えた。
ADA側は声明で、5人が同協会の行動規範に違反したと説明している。「これらの参加者は、当該行動規範に沿わない行動を示したため、会場警備員により退去させられた。行動をやめるよう敬意を持って促したが、応じなかったため退去措置を取った」と述べた。ADAの行動規範には「すべての参加者は、差別、ハラスメント、威嚇のない、専門的かつ敬意ある行動をとること。抗議などの秩序を乱す行動は許容されない」と明記されている。
しかし、ADAが発行する自前の医学誌に掲載された論説の抜き刷りを、ADAの学会で配布した行為が、なぜ行動規範違反に当たるのかという疑問の声が相次いでいる。目撃者によれば、5人の科学者は特に騒いだり秩序を乱したりする行動はとっておらず、単に論説のコピーを配っていただけだったという。
この事件は、SNS上で即座に炎上した。X(旧Twitter)やBlueskyでは批判が殺到し、結果として追放された科学者たちの論説へのアクセス数が急増するという皮肉な事態も生んでいる。カーンの論説には、ADAの指導部が「ADAは本記事の作成・執筆には関与していない」という免責事項を付記していたことも明らかになっている。
カーンは現在、自身が講演と議長を務める予定だったセッションがあるとして、ADAに対して再入場許可を求める書簡を送付している。学会の自らのセッションで発言する権利すら脅かされている状況は、科学コミュニティに強い衝撃を与えている。
編集部の見解
短期的に見れば、ADAの対応は学術団体としての信用を著しく損ねるものだ。学会という場は本来、異なる意見が交わされることで科学が前進する場である。自らのジャーナルに掲載した論説の抜き刷り配布を「秩序を乱す行為」と見なして物理的排除に及んだ判断は、表現の自由と学術的議論の場の運営のバランスを大きく欠いていると言わざるを得ない。今後、ADAは大規模な会員の離反や、次回以降の学会への参加率低下に直面する可能性がある。SNS上での批判が示すように、科学者コミュニティの連帯感は決して小さくない。
長期的視点では、この事件はアメリカにおける科学研究の政治的中立性が深刻な危機にあることを浮き彫りにした。トランプ政権下での科学予算削減や政治介入は以前から問題視されていたが、学会団体が政権批判の声を自ら封じるという構図は、科学の自律性の根幹を揺るがす。学術誌の編集長が、自分の編集する論文を学会で配布しただけで排除されるような環境では、研究者が政策批判をためらう萎縮効果が生じかねない。これは長い目で見れば、科学の健全な発展を阻害する。
編集部として問いたい。学会の行動規範は、いったい誰のために、何のために存在するのか。抗議や意見表明を抑圧するためにあるのか、それとも建設的な議論の場を守るためにあるのか。今回のADAの判断は、行動規範の解釈と運用が、時に表現の自由を侵害する武器に転じうることを示した。この問題は医学の枠を超え、あらゆる学術団体や技術コミュニティが向き合うべき普遍的なテーマと言えそうだ。
参考
よくある質問
- なぜ科学者たちは学会から追放されたのか?
- ADAの年次学会で、トランプ政権の科学研究攻撃を批判する論説の抜き刷りを配布したため。ADAは行動規範違反(抗議などの秩序を乱す行動)と判断したが、抜き刷りはADA自身が発行する医学誌に掲載されたものであり、妥当性を疑問視する声が上がっている。
- 追放された科学者は現在どのような状況か?
- 編集長のカーンはADAに再入場を求める書簡を送付している。彼は学会内で講演と議長を務める予定だったが、その権利も停止されている可能性がある。SNS上ではADAへの批判が拡大し、論説のアクセス数が急増している。
- この事件は科学コミュニティにどのような影響を与えるか?
- 学会が政治的に敏感な意見表明を抑圧する前例となり、研究者の政策批判への萎縮効果が懸念される。また、学術団体の行動規範の運用が表現の自由を脅かすリスクを顕在化させ、他分野の学会にも波及する可能性がある。
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